ユートピア便り

ほぼ1年振りの更新。

掲題の「ユートピア便り」は19世紀にウィリアム・モリスというイギリス人の思想家・デザイナーによって書かれた小説。人となりはこちら。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ウィリアム・モリス
建築関係の方ならばレッド・ハウスやArts and Crafts運動でご存知かと思いますが、端的に書けば産業革命によって資本家と労働者の対立が先鋭化していた19世紀という時代に飽き飽きして、思想的には中世懐古主義→共産主義(ちょうどマルクスが同時代人)、手仕事による建築や装飾、といったことを主張した人です。建築的には新しいビルディングタイプが出現していましたが、それに対応できずに歴史主義と言われるネオ○○様式を乱発していた時代です。建築史の暗黒時代と評している人もいるように、とにかく評判の悪い時代です。

お話としては、19世紀に嫌悪感を抱いていた主人公(モリス自身)が、ちょっとした拍子にほぼ100年後の20世紀の世界に迷い込んでしまいます。1960年代ということなので、実際には戦後の動乱を経て奇しくも右と左が激しく対立していた時代です。
迷い込んだ世界はモリスが描いていた理想郷。テムズ川の移動は手漕ぎボート、都市は消滅して全てが田園となっています。労働は喜びであり、貨幣は存在せず、全てのモノが全ての人々によって共有されています。即ち富の不均衡などは一切存在せず、全ての人の容姿までもが美しくなっている、という世界。そこで一通り旅をして、ある瞬間に現代(19世紀)に戻ってしまうという内容。

ユートピア」なる言葉の起源は16世紀にトマス・モアが書いた小説のタイトルですが、一説には「どこにも存在しない良い場所」という意味があるそうです。原題は"News from Nowhere"ということなので、その説にそって端的にユートピアとしたのでしょう。

彼が書いたのは、まさに未だに存在していない場所で、いつまでも存在し得ないような理想的な世界でしょうが、でも多くの示唆があることは確かです。少し前にウルグアイの大統領がリオで演説をしていましたが、富みに寄らない幸福の形というものを考えるきっかけにはなるかと思います。

余談ですが、レッドハウスを正確に理解するにも必要なバックグラウンドだと思います。建物が建築としての根拠、存在意義を獲得するには、このような「物語」がどのような役割を果たすのかということを考えさせられます。