林昌二

大学院の授業で林昌二氏来校。新建築者の副編集長である橋本純氏とともに。日建設計に入社したての頃の木造小住宅(日建が小住宅!!という感じですが...)、掛川の市庁舎などの自作の紹介を交えて、山口文象の小住宅も引き合いに出しながら戦後の建築界の状況であったり、清家論、自らのテクノオタクっぷりや、近年主張しているらしいサステイナブルに関する話を脈絡なく話しておられました。
僕として面白かったのはやはり清家先生に関する話と、戦後の住宅の状況。50年代の多くの住宅が、現在にはないかなり独特なスケールというか、全体的に低く抑えられたきわめて身体的なスケールで出来ているのはなんでなんだろうか?というか、現在でそれは出来ないものなのだろうかと常々考えていたわけですが、結局あのスケールは当時の建材に因っていることが林証言により判明。現在もそうですけれど規格寸法をもとにした3.5寸角の柱断面。そこから細長比を考えると、材のスパンを考えると9尺が基本になる。とりわけそのご時世ではあらゆる材料の不足が問題であったために、それらの標準化されたものを使いつつ、極力材を少なくすることで、結果的にとても軽い全体が出来上がる。
最後の方に自身で「私は言葉で建築をつくる」というあたりはとても林さんらしい台詞で、ここでいう言葉というのはどちらかというと説明責任みたいなもの。非常に明快で、誰にでも分かりやすい論理でものをつくるスタンスの表れだと思います。もちろん相当な感性の持ち主でしょうが、誰でも共有できるわけではないそのようなセンスは自分の中に押し込めて、誰にでも納得のいくもの(論理)をつくるという社会性が今の日建設計の土台を培ったのかもしれません。
言葉の上で論理をつくることで社会に対して納得のいくものをつくる一方で、感性のレベルでは個人的な自己実現を図っている、というのが彼の建築家としてのスタンスに思えます。その感性のレベルの社会化を試みたのが篠原一男であり、そういう流れでは坂本一成も然りでしょうか。