寂しげな目と大切な何か

ゼミの疲労でどっぷりの帰りがけ、渋谷駅の南口の山手線池袋方面の向かって左側の階段の踊り場でケンカがあった。いつもは右側を登るのだけれども、ちょいと新宿で下りる予定だったので左側から行こうとすると、乗客のみなさん歩みを止めていらっしゃる。別に状況が激しいわけではなくて、こう着状態だったから別に平気なのに、みんな見ているだけ。襲われているらしき人が「駅員さん呼んでくださーいっ!」って叫ぶ。特に僕は特に気にも留めず、何事もなくやり過ごしてその階段を登って行ったんだけれど、なんとなく掴みかかっているひとの腕を押さえた。決して止めようとしたわけでもなくて。襲われているらしき人は「この人がいきなり暴力を振るってきたんですよ!」って僕の目をみて訴えたけれど、僕はそれより襲っているらしきその男性の目が焼きついている。
彼は恐らくホームレスで駅構内の雑誌を集めて売って、生計を立てているような人だった。確かにいい服は着ていなくて、髭も髪もぼさぼさ。明らかに彼を見る世間の目は冷たいのだろうな、そんな雰囲気。
僕が彼の腕を掴んだとき、彼はばっと振り向いて僕の目を見た。その彼の目は決して何に怒っているわけでもなくて、パニック状態でもなくて、すごく寂しそうだった。そのとき彼が何かをもごもごといったんだけれど、騒いでいる襲われたらしき人の声で掻き消されて聞こえなかった。そういえば僕が階段を登る時にすれ違い様に階段を下りていくスーツの若い男がいたっけ。すぐに駅員が来て、僕に礼を言った。襲われたらしき人は同じ言葉を繰り返している。
結局、寂しい目をした彼が僕に言ったことはよく聞き取れなかったけれど、何か彼にとって、そして僕にとっても大切なことを言っていた気がして。少なくとも襲われたらしき人が口にする言葉よりも、彼の目は僕に対して何かを雄弁に語ってくれた。
僕の後悔はそのまま駅員に彼を引き渡して、その場を立ち去ってしまったこと。その後の彼はなんらかの裁きを受けるんだろうか。